木津「僕、いまでこそ本をいっしょに作ったりだとか、こうして田亀先生とお仕事させていただいてるわけですけど、最初のきっかけがジョン・グラントだったんですよね」
田亀「そうだったね(笑)」
木津「そもそも田亀先生がジョン・グラントをはじめに知ったのはいつだったんですか?」
田亀「“Disappointing”のヴィデオをゲイ・ニュースで知ったときですね。私は歌詞をあまり気にしないで音楽を聴くほうなので、単純にヴィジュアルのほうで「すげーな」って感じで(笑)。ぶっちゃけそのインパクトが強くて、音の印象は残らなかったぐらい(笑)。そのニュースでの紹介のされ方も、ゲイ・サウナで撮ったヴィデオがある、ぐらいでしたしね。メジャーな音楽シーンでこんなヴィデオがあるのはすごいっていう」
John Grant - Disappointing feat. Tracey Thorn
木津「欧米のベア・コミュニティではいろいろありますけど、そこに限らない場所でああいったヴィジュアルのものが出てくることはなかなかないですもんね」
田亀「うん、もちろんベア・コミュニティ発のウェブ・ドラマなんかは活発だけど、オーヴァーグラウンドの世界ではあまり見かけないから、そこら辺はびっくりしましたね」
木津「ですね。マジで裸のベアがいっぱい出てきますからね(笑)。すると、僕がツイッターで田亀先生に“Glacier”のヴィデオをご紹介したのはそのあとだったんですね。ただの一読者なのにいてもたってもいられなくなって(笑)」
田亀「そうそう」
John Grant - Glacier
木津「ただ、同じ作家からゲイ・エロス的な“Disappointing”とゲイ・アクティヴィズム的な“Glacier”が出てくるっていうのは、田亀先生からすると意外でしたか?」
田亀「うーん、半々ってところかな。というのは、最初“Disappointing”を観たときにはコンテクストをまったく知らずにニュースを読んだから、ゲイ・ミュージシャンがゲイのモチーフを取り上げているのか、それともゲイじゃないひとが単純にヴィジュアル・インパクトを狙ってやったのか、その区別もつかない段階だったんですよ。その後に彼がオープンリー・ゲイだということを知って――つまりコンテクストを理解して“Glacier”のヴィデオを観たので、表現されている世界にはかなりのギャップを感じたけれど、自分の世界を赤裸々に歌うひとであればこういう両面が出てくるのは納得がいくことでしたね。それは、ある意味私が取っているスタンスでもあるので」
木津「僕が田亀先生にジョン・グラントの表現をお知らせしたいと思ったのは、まさにその両面があるからだったんですよ。そのどちらかを表現するアーティストはけっこういると思うんですけど、ジョンみたいに平然と両方をまたぐひとってそんなにいないんじゃないかと思っていて。でも、田亀先生もまさにそこで活動していらっしゃるので」
田亀「そうね。ただ、私は自分が表現者ということもあって、作者と作品をわりと切り離して考えるんですよ。だからいま話している両面性については共感するけれども、そこの奥にある人間に対してまではリーチできない」
木津「では、その段階での――つまり、ジョンに実際にお会いする前の段階での彼の表現の印象はどんなものでしたか?」
田亀「ぶっちゃけて言うと、音楽としてしっかり意識して聴いたのは対談が決まってからだったんですよ。それで音盤を買って聴きこんだんですけど。それ以前はヴィデオのイメージが強くて、ヴィジュアル作品的に観ていたところがあったので」
木津「アルバムの印象は覚えてらっしゃいますか?」
田亀「覚えてます。何て言うのかな、普通なような普通じゃないような、不思議な感じがしましたね。ものすごく個性があるという感じはしないんですよ。じゃあ、いままで聴いてきたものと同じかというと、それも違う。たとえばメロディとアレンジの間にギャップを感じたりとか、そういった不思議な個性を感じました。あと、詞をあらためて読んで聴いていると、パーソナルなことを歌っているようで、すごくシアトリカルでもあるみたいな……。比較するのは変かもしれないけれど、パフューム・ジーニアスを当時聴いていて――ほら、ゲイ・ポルノ男優と撮ったヴィデオがあったじゃない。死んじゃったひと」
木津「ありましたね」
Perfume Genius - Hood
田亀「彼なんかもシアトリカルではあるけれど、視点がすごく一人称的だなと思ったんですよ。で、ジョン・グラントも一人称的にパーソナルなことを歌ってるようなんだけれど、でも同時にそれを俯瞰して突き放して見ているようなところもあって。それを演劇的に構成しているみたいな、そんなニュアンスを感じました」
木津「たしかに。ゲイの作家の表現ってシアトリカルになる傾向が強いと思うんですよ。ただ、ジョンの場合はシアトリカルな部分もあるのに独特なんですよね」
田亀「いわゆるゲイ的な演劇性ってもうちょっとフィクション性が強いじゃない? 自分自身をフィクション化するみたいなところで。ところがそれは感じなかったのね。そこは、自分自身を保っている気がして。だから内省的に自分を掘り下げていくタイプに近いところもあるんだけど、にもかかわらずシアトリカルだなと思って。だから、文学的ってことなのかもしれない」
木津「そうですね。サウンド的にもオーケストラル・ポップ的なところから、シンセ・ポップ、ディスコ、ニューウェーヴまで幅広いんですけど。田亀先生は70年代末から80年代にかけてのニューウェーヴは聴かれていましたか?」
田亀「80年代ニューウェーヴは基礎教養みたいな感じで聴いていましたし、ニュー・ロマンティックの洗礼を受けている世代ではあるので」
木津「世代的な音の共通性みたいなことは感じますか?」
田亀「そこら辺はあまりなかったかな。全体として80年代っぽいかというと、そんな感じは受けなかったし」
木津「たしかに80年代の感じもジョン・グラントには入っていますけど、それも一部でしかないですもんね。だから「これだ」っていうラベリングがしづらいアーティストなんですよね」
田亀「そうなのよ。他のミュージシャンって、「このひとはこういうサウンド」って、全体のテクスチャーがもうちょっと一貫してるじゃないですか。で、私が聴いてきたのもそういった感じのもので。たとえば80年代だったら、私はコクトー・ツインズがすごく好きだったりして、「個性が揺るがない」みたいなものを聴いていたんですね。ひとりのひとが多彩なアレンジで歌うみたいなものは馴染みが薄くて、音に対して作家性が強いひとが好きだった。それに対して、ジョン・グラントさんは音だけ聴くとすごく幅がある。その幅の広さに関しては少し戸惑いましたね」
木津「なるほど。そこがジョン・グラントの魅力でもあり、同時に掴みにくさでもありますね」
木津「で、その後、僕の無茶振りでジョン・グラントと田亀先生の対談企画(http://www.ele-king.net/interviews/005106/)をお願いしたんですけど(笑)」
田亀「楽しい企画でしたよ(笑)」
木津「ありがとうございます(笑)。ただ、たしかにどう転がるかわからない無茶な企画だったとは思うんですけど、もういっぽうでは、このふたりの組み合わせはハマるんじゃないかなと思っていたんですよ。というのはおふたりとも、さっき話していたような個人の内省と社会でどう生きるかみたいなテーマを跨いでいる作家だと思ったので」
田亀「シームレスってことだよね」
木津「そうですね。実際にお会いしたご印象はどうでしたか?」
田亀「最初は「こんな朴訥なとっつぁんだとは」って感じ(笑)」
木津「(笑)」
田亀「ほら、CDのジャケットだと、もうちょっとエキセントリックな感じじゃないですか。でも、そこに現れたのはなんか、おじさんだったから……(笑)」
木津「ナイスなおじさんでしたよね(笑)」
田亀「そうそう(笑)。第一印象はそんな感じで、実際にお話しさせていただいたら、ものすごくインテリジェントな方だな、と」
木津「とくに印象に残ったお話はありますか?」
田亀「そうだね、たとえばカミングアウトすることがある種の政治性を帯びる、みたいな話は日本だとあまり共感してもらえないところがあると思うんですけど。そこら辺がすごくスムーズに通じたのには、シンパシーを感じましたね。あとこれは単純に印象なんだけれど、真摯な方だなと。じっくり考えて言葉を選ばれる方だと思いました。だから会話していると誠実さを感じましたね。すごく素敵な印象を覚えました」
木津「そうした彼の真摯さや誠実さが、彼の作品と繋がるようなところはありました?」
田亀「それはありましたね。物事に対して真摯に考える方だという印象があったので、それが彼の書く詞の世界に通じるのではないかと思いました」
木津「そうですね。対談記事にもそういったところはダイレクトに出たのではないかと思います。おふたりのおかげ様ですごく好評な記事になったんですけど、田亀先生の海外のお知り合いからリアクションはありました?」
田亀「それはやっぱりありましたよ。私はfacebookを英語で使ってるんですが、記事をシェアするとサムネイルにツーショット写真が出て来るので、「オー」みたいな反応はありました(笑)。誰でも知っているというわけではないですが、知っているひとは「あの」って感じでしたね」
木津「そんな風に「あの」ってなるっていうのは、ジョンが自分の内省を掘り下げた表現をするいっぽう、ゲイ・カルチャーの横の繋がりを大事にしているというのもあると思うんですよ。“Glacier”のヴィデオもそうですし、アンドリュー・ヘイ監督のゲイ映画『ウィークエンド』の主題歌に使われていたり、ゲイ・ドラマ『LOOKING』の挿入歌だったり。そういったグローバルなゲイ・カルチャーを横断するっていうのも、僕からすると田亀先生とちょっと似ているのかなと」
田亀「そうなのかもしれない。ジョンさんの場合、いわゆるゲイ・アイコン的なポップ・ミュージシャンとはちょっと違う受容のされ方をしているんじゃないかなという気がしています。比較するのも変かもしれないですが、たとえばペット・ショップ・ボーイズの受容のされ方とは違うかなと」
木津「そのゲイ・アイコンの話でいうと、オーランドのゲイ・クラブで起きた銃乱射事件の直後に“Glacier”をカイリー・ミノーグとデュエットしたことがあったじゃないですか。感動しつつ、そこを引き受けるんだ? とちょっと意外な気もしたんですよ」
田亀「これは希望的観測だけど、やらなければならないという衝動が強かったんじゃないかな。オーランドの事件ってそれだけのインパクトがありましたからね。カイリー・ミノーグといっしょというのがちょっとびっくりしちゃうけれども、逆にカイリー・ミノーグがいなければ納得できるわけじゃない? 海外のゲイがカイリーで盛り上がるのって、日本のゲイが松田聖子に盛り上がるノリに近いから。そういうエンタメ的なところと、もうちょっとインテリジェントなところがいっしょに出たっていうのにはちょっと驚くけれど、ジョン・グラント自身がオーランドの事件に対して応えるというのは不思議ではないかなと思います」
木津「ああ、なるほど。その動機が真摯というか、言葉は悪いですが売名行為的な作為性を感じさせないところは彼らしさですよね」
田亀「そうだね」