スペシャル対談第二弾!田中宗一郎×栗原類

スペシャル対談第二弾!田中宗一郎×栗原類

90年代からPJハーヴェイを追い続ける音楽評論家、田中宗一郎による対談シリーズ、第2弾のお相手は栗原類!幼い頃から洋楽に親しみ、その中でもPJハーヴェイをフェイバリット・アーティストとして挙げる彼にPJハーヴェイの魅力から本人との思い出話までとことん語り尽くしてもらいました!22年ぶりの単独来日公演の開催に際して栗原類がPJハーヴェイファンだけではなく全音楽ファンに伝えたいメッセージとは…?

【田中宗一郎プロフィール】
編集者。音楽評論家。DJ。立教大学文学部日本文学科卒業後、広告代理店勤務を経て、株式会社ロッキング・オンに入社。雑誌『ロッキング・オン』副編集長を務めた後、フリーに。97年に編集長として雑誌『スヌーザー』を創刊。株式会社リトルモアから14年間刊行を続ける。現在はサインマグこと『ザ・サイン・マガジン・ドットコム』のクリエイティブ・ディレクター。DIGAWELのサブ・ブランド、The Chums of CHANCEの立ち上げも。飼い猫の名前はチェコフとアリア。
【栗原類プロフィール】
1994年、東京生まれ。
中学時代「メンズノンノ」「ポパイ」などのファッション誌で活躍後、高校時代にバラエティ番組でブレイク。2012年からは俳優としての活動の幅を拡げ、2017年には出演舞台「春のめざめ」や初主演映画「ロワゾー・ドゥ・パラディ お江戸のキャンディー2」などが控えている。

田中「今日の対談のテーマはPJハーヴェイではあるんですが、類くんが音楽をどういう風に聴いてきたか? っていう大きな話を伺いつつ、その中でPJハーヴェイの音楽をどんな風に聴いてきたか? ということを話してもらえればと思います」

栗原「はい、よろしくお願いします」

田中「じゃあ、まず一番最初の記憶にある、自分が夢中になった曲やバンドはなんですか?」

栗原「小学校1年、2年の時、ロケット・サマーというバンドがデビューした時に母がアルバムを買っていて、僕もすごいハマりました。6歳、7歳くらいはいろいろとハマりましたね。『パワーパフ ガールズ』っていうカートゥーンで、いろんなアーティストが集まって作ったコンピレーション・アルバムがあるんです。その中にディーヴォとかフランク・ブラックとかアップルズ・イン・ステレオとかが入っていたりして、よく聴いていました」

The Powerpuff Girls: Heroes & Villains (Music Inspired By The Powerpuff Girls)

栗原「僕はもともと、そのカートゥーン自体好きだったんです。母がそのコンピ・アルバムを見た時に、自分も(楽曲提供をしているアーティストたちが)すごい好きだったので、僕にも知ってほしいからそれを買ってくれたのを覚えています」

田中「子供時代に関して言うと、類くんの音楽の入り口はわりとお母さん経由が多かった?」

栗原「ほとんど母経由ですね。母がライターなので、家で音楽をかけていることが多かったです。その中でも一番多かったのがUKロック。母がよく聴いていた80年代、90年代の音楽から僕は入りました。そこから僕が物心ついた時――10代後半になった時は、自分でいろいろと発掘していました。60年代UKのビートルズやザ・フーからスタートして。もともと母がジャム時代からポール・ウェラーが好きだったんですけど、僕は最初にポール・ウェラーから入って、過去の彼の作品、ジャムとスタイル・カウンシルを聴くようになりました」

Paul Weller / The Changingman (from Heavy Soul)

田中「類くんは〈フジロック〉も第一回から行ってるんですよね?」

栗原「そうですね。母は〈フジロック〉に最初から仕事で行っていたんです。その時、僕は1歳、2歳くらいだったと思うんですけど、ベビーカーで一緒に連れていかれましたね」

田中「じゃあ、それ以降も〈フジロック〉は何度も?」

栗原「なるべく行ける時は行けるようにしています。母も仕事で行ったりするので、一緒にライヴを観たり。一緒に行く時は、母が『これは一度は観てほしい』っていうバンドは観に行くようにしていますね」

田中「じゃあ、初めてPJハーヴェイの音楽に触れたのはどのタイミングだったのか教えて下さい」

栗原「2004年の〈フジロック〉での彼女のライヴだったと思います。実は、それまでは聴いたりしてなかったんです。でも、母にお勧めされたアーティストでもありますし、それで僕も観て」

田中「当時は、他にはどの辺りの音楽やバンドに夢中になっていたんですか?」

栗原「2004年あたりですよね……まあ、さっき名前を挙げたアーティストたちもそうなんですけど、ほかにはオアシスだったり、レディオヘッドだったり。あと、ジョイ・ディヴィジョンもそうでした。ジョイ・ディヴィジョンは『アンノウン・プレジャーズ』のTシャツをその時期くらいに買ってましたね。今や普段着としてよく着たりしています」

Joy Division / She's Lost Control (from Unknown Pleasures)

田中「今いくつか挙げてもらった中では、ほかに較べると、レディオヘッド、ジョイ・ディヴィジョン、PJハーヴェイの3つっていうのは、そんなに明るい音楽ではないですよね?」

栗原「ないですね。ちょっと違いますよね、確かに」

田中「ちょうど類くんのテイストが変わり始めた時にPJハーヴェイの音楽に出会ったということでもある?」

栗原「そうだったかもしれないですね。ただ昔はほんと、無意識な子供ではあったので。こういうテイストが好きっていうのは、まだ自分の中では確立されてなかったんですよ。こういうメロディがいい、この人の歌声がいい、っていう風に感じて、母にお勧めされたものを僕も聴いていました」

スペシャル対談第二弾!田中宗一郎×栗原類

田中「そんな中で、当時PJハーヴェイを初めて観た時の印象を出来るだけ詳しく教えてもらえますか?」

栗原「あの時は、一番大きなグリーン・ステージでやってたんです。当たり前なんですけど、ものすごい人がいっぱいで。彼女が6枚目のアルバム『ウー・ハー・ハー』をリリースした時期だったと思うんですけど、その時は全然曲も知らなかったし、彼女の音楽性も知らなかった」

PJ Harvey / Shame (from Uh Huh Her)

栗原「でも、なんでここまで印象に残ったかっていうと、僕は基本的にずっと男の人のヴォーカルがいるバンドやアーティストが好きだったんですけど、彼女は僕の中では初めてハマった女性のアーティストなんです。そういうのがあったから、これだけ僕の中で印象に残っているんだと思います」

田中「確かその時に、お母さんのおかげで本人に会えたらしいですね?」

栗原「その年は母が通訳として入っていたので、プレス・エリアのパスを持っていたんです。僕は小さい子供だったので母と一緒に行動していたんですけど、母に『彼女の楽屋あそこだから、入り待ちしてれば?』って言われて。それで入り待ちしていて、本人が来た時に『今日のライヴがすごく楽しかった』って話しかけて、僕が着ていたTシャツにサインしてもらったんです」

田中「確かそれをどこかで紹介してましたよね?」

栗原「この前、新聞の取材で、自分にとっての宝物は何か? って訊かれたんですけど、まだ僕が一度も世に出していないのがそのTシャツだったので、それを出したんです。で、その新聞の記事が配信された日に、彼女の来日公演が決定したっていう、すごい奇跡みたいなことがあって」

田中「(笑)じゃあ、類くんの中で、PJハーヴェイはそれなりに大きなアーティストであることは間違いないですね?」

栗原「絶対そうだと思いますね。僕が女性アーティストでここまでハマったのは人生で初めてだったので」

田中「強いてPJハーヴェイ以外に、女性アーティストのフェイヴァリットを挙げるとしたら、誰ですか?」

栗原「最近だとサヴェージズとか、ヴォーカルだけですけどチャーチズ、それにエディ・リーダーとかリッキー・リー・ジョーンズとかですね。今パッと出てくる限りは」

Savages / The Answer

CHVRCHES / Leave A Trace

田中「っていうと、やっぱりバンドが多いし、PJハーヴェイっていうのは自分のテイストの中でも特別だし特殊な位置にいる?」

栗原「そうですね。で、やっぱり、僕が初めて自分から好きになった女性のアーティストっていうのもすごく大きいと思います。もちろん母のお勧めっていうのはあったんですけど」

スペシャル対談第二弾!田中宗一郎×栗原類

田中「十数年前に彼女を知ってから、彼女に対する印象は少しずつ変わってきましたか?」

栗原「子供の頃はよくわからなかったので、ただとりあえず音を聴いていて、アルバムがどういうスタイルなのか? 過去とはどう違うのか? って考えることはあまり出来ませんでした。でも、今は年齢も重ねて、ある程度の経験とかも踏まえて考えると、彼女の音楽って毎回本当に実験的なんだと思います」

田中「その通りだと思います」

栗原「デビュー・アルバムの『ドライ』がグランジ・ロックではありつつ、女性として性的に過激な詞を書いたりするっていうのは、当時としてはたぶん、そこまでいなかったんだと思います」

PJ Harvey / Dress (from Dry)

栗原「それを踏まえて、ほかのアルバムも聴いていくと、毎回毎回、最終的に自分がどのような音楽を作りたいのか? っていうことを考えて作っているんだと思います」

田中「まさに」

栗原「今回のアルバム『ザ・ホープ・シックス・デモリッション・プロジェクト』も、アメリカの軍歌というか、アメリカの軍をベースにしたような曲調が多かったりして。子供たちの声が入っているような曲も多い。僕の中では、このアルバムは『リッド・オブ・ミー』以来の複雑性があると思うんです。すごい明白ではあるんですけど、どのようなサブリミナルなものがあるのか?っていうのを解説出来るかっていうと、ちょっと難しい感じのアルバムだと思います」

田中「最初、聴いた印象はどうでした? 僕ね、PJハーヴェイって、アルバムがリリースされる度に、最初は『なんか凄い!でも、よくわからない』っていつも思うんですけど(笑)」

栗原「まさにそんな感じですね。今回のアルバムは、僕の中では現代の曲っぽくない感じがして。それこそ50年代チックな感じがある。レトロとは違うんですけど、そういうテイストになっていて。でも、それが今でも通用するっていうのが、このアルバムを聴いた時に感じた強みっていうか。やっぱり彼女は音楽に対して常に実験的なんだって感じましたね」

PJ Harvey / The Community of Hope (from The Hope Six Demolition Project)

田中「僕は1stアルバムから彼女の音楽をずっとリアルタイムで聴いてきたんですけど、常にその時代のトレンドに比べると明らかにかなり古い音楽を参照してるんだけど、それがゆえに常に新しいっていう感じがするんです」

栗原「懐かしさもあり、新鮮さもあるっていう感じではありますよね」